突然の光に思わず目を瞑ったら、世界は色を変えていた。 君の笑顔も声も光も影すらも。 ここにある全部が紛れも無い真実と世界。 シュガーレス→02 「あ、さん!目、覚めましたか!?」 目を開けるとそこは、この15年間、何度となくお世話になった仮眠室だった。 十も歳の離れたかわいい部下(かわいいといっても彼ももう23になるのだが)が、心配そうに顔を覗き込んできた。 「あー、大丈夫。多分」 大丈夫とは言ったものの、腰と頭がかなり痛い。20年間必要ともしなかったのに律儀に毎月やってきた整理痛に比べれば、幾らかマシだが。 「ねぇ、、何か飲み物もらえる?」 かわいい部下に頼むと、彼はにっこり頷いて、部屋の隅にある小さな冷蔵庫へ向かった。 「さん、ミスター・ルーピンと知り合いなんですね」 ベッドに座ってぼんやりしていると、がコップいっぱいに注がれたアイスレモネードを持って戻って来た。 彼が口にした名前に思わずドキリとした。 「うん。ホグワーツで先輩だったの」 『ホグワーツ』と言った途端、あまりにも鮮やかにあの頃が思い出されて、驚いた。動く階段、喋る肖像画、合言葉。何もかもが、この研究所では無意味だと存在しないものだった。 「どうしたんですか、さん?笑ったりなんかして」 が咽喉の奥で笑って、レモネードを渡してくれた。 「ありがとう。んー、なんか懐かしいなぁ。そういえば、彼はどうしてここに?」 「あ、ミスター・ルーピン、3年前にうちが出した『人狼に関する仮説』って本を書いた人に会いたいって来たんですよ」 「……え、それって」 「さんの書いたやつですよ」 レモネードを一気に飲み干して、空っぽになって懐かしさだけが滲む脳みそを刺激した。 3年前、何となく調べた人狼についての仮説ばかりを書いて、所の名前で無理やり出版したあの本を、読んでくれた人がいたとは。 ゆっくり目を瞑って、ゆっくり開く。 そこにあるのは夢でも思い出でもない、紛れも無い現実。 「やあ、ミス……ミセス?かな?。久しぶりだね」 研究室に戻ると、ルーピンは錆びてがたがたになったパイプ椅子に座ってお茶を飲んでいた。 その向こうでは、相変わらず研究員たちが鍋を掻き回したり、訳のわからない機械を弄くっていた。中には目が虚ろになっている奴もいる。 「情けないことにまだ、ミスですよ。ミスター・ルーピン。それに昔のようにファーストネームで結構です」 「そうかい。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ、。これ、君が書いたんだってね」 ルーピンはにっこり笑って、ボロボロの継ぎ接ぎローブから『人狼に関する仮説』を取り出した。相変わらず、彼のローブは四次元らしく、ふわりとチョコの甘いにおいがした。 「ええ、そうですけど……それで、一体何の用事なんですか?そんな本、仮説ばかりで何にもならないでしょう?」 「そんなことないよ。実に興味深い本だった。それでね。わたしは君の仮説に掛けてみようと思うんだ」 ルーピンは読みすぎてボロボロになっちゃたよと、本を撫でながら言った。 それから、少し黙って、辛そうに、切なそうに目を伏せた。 けれど、次にはまた笑って。 「僕は人狼なんだ」 パラレルで半オリジナルで報われない。 <2004.6.30>