豆腐屋のラッパの音が響く。
薄く棚引く雲が赤く染まって、どうしてこんなにも世界は美しいのだろうと、ぼんやり思った。
うたかた荘の前では相変わらずガクが私が通るのを待っていた。
いつもなら軽く無視をするフリをして、彼が慌てて追いかけてくるのを楽しんでいたが、今日はそんな風にふざける気にはなれなかった。
「ガク」
彼が私の名前を呼ぶ前に、小さく彼の名前を呟いてみた。
それに気付いて、彼は嬉しそうに笑いながらこちらを見た。
そしてすぐに、驚いたように動きを止めた。
私が、泣きそうな顔をしていた所為だろう。
ガクはゆっくり私に近付いて、その大きな手を私の後頭部にまわして、包むように抱きしめた。
否、抱きしめるような形をとった。
「」
ああ、なんて優しいのだろう。この人は。
涙はいつの間にか溢れ、彼の胸を濡らすことなく零れ落ちた。
「死にたい」
死ねばこの人に抱きしめてもらえるでしょう。
死ねばこの人に愛されるだけの幸せな日々を送れるでしょう。
ねぇ?
「……は。は生きなきゃいけない」
「…………」
どうして世界はこんなにも美しいのだろう。
「生きていくのは辛いし格好悪いけど」
ガクを黄昏の赤が染めている。
まるで太陽に透かした手のひらを流れる血潮の色だ。
「死んでしまうことほど惨めな事はない」
愛しているひとも抱きしめられない。と付け足して、そっと腕を解いた。
うたかた荘に夜が来る。
いつまでも涙の止まらない私を馬鹿にする人なんて、誰もいなかった。
辛くても格好悪くても惨めでも、彼らはここにいるんだ。
生きていくことの意味なんて知らないで、そんなものあるのかどうかもわからないまま。
生きてきた意味を使うために。
死んでしまった意味を使うために。
大泣きをした後、共同リビングで始まった大喧嘩に大笑いをして。
「泣いてるもイイけど、笑ってるがやっぱり一番イイ……」
ガクが呟いた言葉は、とりあえず無視しておこう。
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051202
私の芸風(?)だとガクが絶対偽者になるよ……!
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