私がうたかた荘に越してきた日の夜、ガクと名乗った幽霊は屋根の上で星を見ていた。
そして彼は静かに言った。
「見てごらん。オリオン座がよく見える」
開け放した窓から入り込んでくるのは、生温い夏の風だった。
けれど昼間中日の当たっていたこの部屋ではそれさえも有難く感じる。
涼を求めて窓から顔を出す。
頭上に気配を感じて見ると、ガクがまた屋根の上で膝を抱え星を見ていた。
私がここへ越してきてからしばらく経つが、ガクはよくこうして星を見ていた。
「今日はきれいに見える?」
「ああ、。ほら、あそこにオリオン座」
ガクが空を指差して「冬の方がきれいに見えるけど」と付け足す。
指の先を追うと3つ並んだ星が見えた。
この街へ来たばかりの頃はなんて明るい空なんだろうと驚いたが、こうして眺めていると、オリオン座の他にもちらほら星が見える。
何を話すわけでもなく、私もガクもじっと空を見たまま時間が過ぎる。
しばらくそうしていたが、急に少し冷たい風が吹いて思わず身震いをした。
「大丈夫か、?」
「うん。ちょっと冷えてきたみたい。明日も学校だし、もう寝るね。おやすみガク」
「おやすみ」
次の日もよく晴れた暑い日で、学校から帰る頃には空に、沈む夕日と瞬き始めた小さな星が見えた。
まだ時間が早い所為かオリオン座は見えない。
「一番星って金星なんだって」
星を眺める私を見て、一緒に歩いていた友人が言った。
「金星?」
「うん、確か。昨日テレビでやってたよ。今の季節だと何座が見えるかとか、そんなの」
「なんだっけ?蟹座とか?」と記憶を辿って友人はいくつか星座を挙げていった。
その隣で私はなんだか少しびっくりしてそれを聞いていた。
色んな星座があることは知っていたはずなのに、いつもオリオン座を探していた。
オリオン座以外の星座の見つけ方を知らないのだから、当然といえば当然だった。
それどころか、ガクに教えてもらうまで、私はオリオン座すら見つけられなかったのだ。
そういえばガクも。
もしかしたら知らないのだろうか。
友人と別れたあと、小さな文房具屋に入って星座早見表を買った。
文房具屋から出ると外はもう暗くて、いくつも星が見えた。
『手を伸ばしたら掴めそう』なんてどこかで聞いたような言葉が浮かんで、ふいにそれはガクによく似ているなぁと思って、少し悲しくなった。
うたかた荘に着いて、星座早見表を見ながらガクに星の名前を教えてあげた。
中には肉眼では見えないような小さな星まであった。
「どうして昔の人は、肉眼では見えない星までわざわざ探したのかな?」
「恋をしていたんだろ」
何気なく言うとガクは思いもよらない返事をしてくれた。
「手を伸ばしたら掴めそうで、だけど届かなくて。それでも、だからこそどんな些細なことでも知りたくなってしまうのが恋だろう?」
「届かないのに?」
「届くよ。現に人間は宇宙に行くことができた」
笑ってそう言うガクに少しドキっとした。
ねぇ、ガク。オリオン座を知らなかった私がオリオン座を探すようになったみたいに、オリオン座しか知らなかった私が他の星を知りたくなったみたいに。
知れば知るほど知りたくなるのは、これも恋と呼ぶのかなぁ。
ねぇ、もっと、君と話がしたいと思うのは。
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060128
言いたいこととエピソードの数が合わなくて苦戦してしまった。
最終的に言いたかったこと1つ忘れた。
ガクはこれくらい前向きだったらいい。 |