その日は特別良く晴れているわけでも雨が降るわけでもなく、なんだかハッキリしない天気だった。
学校からの帰り道は晴れの日よりはいくらか薄暗く、少しも動かない生温い空気と、点滅を繰り返す街灯が妙に不気味だった。
車道を跨いで向こう側の歩道に移ろうと斜め右へ進路を変え、ふと上を見ると椋鳥が電線が見えないほど間隔を詰めてびっしりととまっている。
ああ、なんだか不気味だなぁと上を見たまま歩いていると、キーッという音が耳を劈いた。
その瞬間、すべてがスローモーションになる。
振り向いたときに見えた車の運転手の表情。
椋が蜘蛛の子を散らすように飛び去っていく様子。
足がもつれて、体がバランスを失う。
薄暗い空に満月には少し足りない、明るい月がうかんでる。
その月に照らされて、よく見える。
電柱の上に座って、こちらをじっと見る男と、
目が合った。
なんであんなところに男がいるんだ。
視界が真っ暗になって死んでるかも知れないのに、冷静にそんなことを考えていた。
「大丈夫ですか!?」と言われて、目を覚ました。
さっき見た車の運転手だった。
車は私を轢くギリギリで止まっていた。
私は頭を地面に打ち付けていたが、特に外傷はないようだ。
空がまだ暗くはなっていないということは、どうやら気を失っていたのはほんの数分らしい。
しばらくして運転手が呼んだ警察と救急車が来て、色々と訊かれた。
状況を説明しているとき、最後に見た男のことを思い出した。
警察には話さなかったが、電柱の上を確認しても男の姿は見えなかった。
その事故が原因なのかは定かではないが、その日から不思議なものが見えるようになった。
誰もいない筈の体育館。
崩れそうな廃屋の窓。
人気のない細い路地。
それらは人の形をしているものから、化け物のようなものまで様々だ。
事故で頭を打った所為か、しかし病院でちゃんと検査も受けた。
見えないフリをしようとしたが、正直気が狂いそうだった。
もう、目を開けるのが嫌になる。
事故から2日、得体の知れないものが見える所為で学校から帰るころには以前の何倍も疲れている。
目の端に映る、見える筈のないものを無視しながら歩いていると、ある角を曲がった瞬間、何故か急にそれらがいなくなった。
私の目が正常に戻ったのか、訳も分からず戸惑っていると視線を感じて前を見た。
すらりとキレイに伸びた背に長い黒髪。
スーツを着たその男は、電柱にもたれてこちらを見ていた。
あのときの、事故のとき電柱の上にいた男だった。
「……あんた」
「やはり俺が見えるか」
つっと近づいて男が私の口を塞いだ。
刺すように冷たいその手に驚きながらも抵抗を試みるが、私の手は男の体をスカスカとすり抜けてしまう。
「そう暴れるなよ。何も今すぐ取って食おうってんじゃない」
男がニヤリと笑ってそう言う。
手を離され、地面に尻餅を着いた。
内臓を抉られるような威圧感に涙が出る。
「あの日、お前から死の臭いがした。お前は死ぬ筈だった」
「……死…?」
「しかしお前は死ななかった。いや、死してなお生きていると言った方が正確か?」
男はしゃがんで顔をずいと近付けた。
言っている言葉の意味は理解出来ない。
まるで死神だ。
そう思った。
「俺はハセ」
「死の理から外れたその魂、成長を待って必ず俺が頂く」
ハセと名乗った男は私の髪をかき上げて、首筋をゆるく噛んでそう言った。
そこにあったのは抗うことすら許されない絶対的な次元の差。
食うものと食われるものという図式。
060217
ハセさま何これ。
よくわからないものになったよ。
夢? |