君の広い背中が。
その、広い背中に恋をしたのは、いつだったのだろう。
いつも自信たっぷりに、背筋をピンと伸ばして立った姿。
気づいた時にはいつも目で追っている。
彼の広い背中。
真田くんはテニス部の副部長で。
テニス部は強くて人気があったから、いつもたくさんの女の子達がフェンスにしがみついて練習を見てた。
真田くんはとても真面目で、そういうのはあまり好きじゃないみたいだった。
だから、いつも彼女達に背を向けていた。
たぶん、自分の視界に彼女達が入らないように。
どうせ真田くんが見ていないならと、私はここぞとばかりに彼女達に混じってテニス部の練習を見に行った。
真田くんはその中学生らしからぬ風貌と、厳しい性格の所為か、あまり女の子に人気が無いようだった。
だけど私は、その背中がいつも真っ直ぐに伸びて、大好きなテニスに真摯に打ち込んでるのがわかって、とてもかっこいいと思ったんだ。
「。そんなに真田くんが好きなら告白すればいいじゃない」
友達はいつもそう言うけれど、きっと真田くんは私の存在すら知らない。
もし、告白なんてしても断られるに違いない。
だって、好きでもない子と付き合うような人には、とても見えないもの。
けれど、私だって、彼の恋人になりたくないわけじゃない。
ただ、どうしたら知ってもらえるのか、どうしたら好きになってもらえるのか。
その方法が見つからないんだ。
その日は夕方から雨が降った。
日直の仕事で遅くなり、テニス部の練習が見れなかったが、雨ならどっちにしろ一緒だと自分を慰めた。
日誌を提出して教室にもどり、ずいぶん前から当たらない天気予報に嫌気がさして、ロッカーに傘を常備していた私は、それを持って玄関へ向かった。
もう、時間が遅く校舎には、ほとんど生徒が残っていなかった所為か電気が点いておらず、玄関は薄暗かった。
開け放たれた入り口の戸から入る微かな光だけが明るかった。
ふと、その光の方を見て私は驚いた。
どうしていいのかわからない。
入り口には見慣れた広い背中があった。
いつものようにピンと背筋を伸ばして。
ただ、いつもと違うのは制服を着たその背中が途方に暮れているということだ。
傘が無いのだろう。
私は自分の持っていた傘の柄をぎゅっと握り締めた。
「よかったら入る?」そう言えば、もしかしたら真田くんと一緒に帰れるかもしれない。
けど、勇気がなかった。
カッ。
私が放り投げた傘が音を立ててコンクリートの床に落ちた。
私は傘を捨てて、その場から逃げ出していた。
「…馬鹿みたい」
教室に逃げ込んで、私は意気地の無い自分を責めた。
どのくらい、そうしていたのか。気づくと雨は止んでいた。
帰ろうと玄関に戻ると、傘と広い背中はもう、なくなっていた。
次の日、空は、馬鹿みたいな快晴だった。
溜息を吐いて俯いて一日を過ごした。
きっとテニス部は、昨日の分まで汗を流して頑張っているのだろう。
けれど、とても見に行く気にはなれなかった。
久しぶりに放課後すぐに家に帰ることにした。
学校に残っていたって何もすることなんてない。
玄関はどうしてだか暗かった。
外は快晴で、暗くなんてなるはずないのに。
私は顔を上げて入り口を見た。
真田くんがいた。
背中ではなくて、彼はこちらを向いていた。
その手には私が昨日、放り投げた傘がしっかりと握られていて。
「!良かった。待っていたんだ。この傘はお前のだろう。どうしようか迷ったんだが、用事があったので貸してもらったんだ。すまなかったな」
真田くんは私の目の前に立ってそういうと、傘を手渡して玄関を出ようと後ろを向いた。
広い背中がそこにはあって。
私が恋をした背中がそこにあって。
どうしようもないくらいの声で叫んでいた。
「真田くん!!なんで……私の名前……」
真田くんは振り向かずに答えた。
「傘に書いてあっただろう」
「そうじゃなくて、なんで私がだってわかったの!?」
クラスも委員会も違うのに。
真田くんはまだ、後ろを向いたままで。
なんだかその背中が、少し照れたように揺れた。
「好きな女の名前くらい、知っていて当然だ」
嬉しくて。
気づいたら、大好きな背中に飛びついていた。
大好きな広いその背中。
真田くんの。
その日は真田くんの部活が終わるのを待って、一緒に帰った。
「ねぇ。どうして、真田くん、私のこと知ってたの?いつも後ろを向いていたのに」
そう訊くと、真田くんは真っ赤になって
「後ろを向いていたのは、恥ずかしくて見れなかったからだ」
と言った。
その顔がなんだか可愛くて。意外な一面を見た気がした。
これからは、真田くんの背中だけじゃなくて、もっとしっかり、正面から真田くんを見ていたいと思った。
楽しかったです。
ありえないくらい乙女回路フルに使って書きました。
たぶん今までのどの夢よりも夢らいしです。真田なのに…。
真田は良く見ると、なかなか格好良いんじゃないかと思います。
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