色褪せたカンヴァスに君が触れると、あまりにも鮮やかなその色で、私は目が眩みそうになるんだ。
カンヴァスを彩る夏
夏休みの美術室。窓際の席で千石が寝てる。
日差しは強くて、肌を焦がす。
光合成でもしているみたいだ。
千石が寝返りを打って、橙に近い茶髪が太陽にきらきら揺れる。
描いていたのは夏。影が濃く落ちる、私の一番好きな季節。
カンヴァスに筆を下ろすと、強すぎた光で色褪せた古い田舎町があった。
私の暮らしていた町だ。
千石はどこから持ってきたのか、少し前に女子高生がよく鞄などにぶら下げていたハイビスカスの造花を、首に掛けていた。
仏桑花の色は本当はもっと優しくて、私はあの造花が嫌いだった。
ガラッと戸が開いて、亜久津の白い髪が覗いた。
「おや、亜久津くん。休日出校とは感心だね。残念だけど、ここにはシンナーはないんだよ。先日、溢してしまったから」
「シンナーは吸わねぇよ」
亜久津はそう否定だけすると、水の中を歩くみたいに、ゆっくり私の隣へやって来た。
「火貸せよ」
「マッチでいいなら」
亜久津は器用にタバコをケースから、すっと一本取り出して咥えた。
「器用だねぇ、亜久津くんは」
私は色気も素っ気も無い、けれども気に入りの真っ黒なエプロンのポケットから、マッチ箱を取り出し、しゅっとマッチに火を点ける。
「お前の方がよっぽど器用だ」
亜久津がそう言って、マッチの話をしてるのかと思ったら、私の目の前にあった油絵を見ていた。
過ぎ去った淋しい夏の町。
亜久津はそれを見た後に、叱るような哀れむような表情で私を見た。
「この花」
カンヴァスのちょうど真ん中あたりに描かれた赤を亜久津は指差した。
「千石が首にぶら下げてるやつ・・・・・・ハイビスカスっつたか」
全体的に彩度の低いその中に、鮮やかに映る赤い花。
「仏桑花」
「ぶっそうげ?」
「その方がこの花には似合うだろう?」
ハイビスカスじゃあ、なんだか毒々しくって嫌なんだ。
仏桑花の色は本当はもっと優しい。
本当は、あの南の島のことなんて、ほとんど覚えていないんだ。
町はこんなに異国情緒に溢れてなんかいやしないかも知れない。
仏桑花はハイビスカスで、あの造花みたいに毒々しい色かも知れない。
あの町は常夏じゃない。
思い出を美化することが悪いとは思わない。
あの町はここと違う。楽園のような町。
そこに暮らしていたってことが唯一の救いなんだし。
「あ、あっくん」
千石が突然がばっと起きて亜久津を呼んだ。
「あっくん、こんなとこで何してんのー?暇だねー」
「お前こそ。暇人の代名詞みたいなことしやがって」
あ、今の亜久津の言い回しはすごく文学的じゃあないだろうか。
確かに、夏休みの学校で昼寝なんて、暇人以外の何者でもないけど。
「てゆーか、基本的に夏休みってやることないんだよね」
千石はハイビスカスの造花を手で弄びながら気だるそうに言った。
「だからさぁ」
席を立って、こちらに歩み寄りながら続ける。
目の前に立って、ハイビスカスを弄っていた指がカンヴァスの角に触れる。
真夏の太陽のような笑顔で。
「沖縄とか行きたくない?」
あまりにも鮮やかなその色で、私は目が眩みそうになるんだ。
「はっ、馬鹿馬鹿しいな」
亜久津は言葉とは不釣合いな、どこか優しい顔で笑った。
「馬鹿馬鹿しいね」
私も笑った。きっと優しい顔で。
「わっ、ふたりともひでぇ!!キヨ泣いちゃうー」
泣いたフリして、けれど、にっこりと優しい顔して笑った。
カンヴァスを彩る夏は鮮やかに、新しい思い出を重ねるんだ。
あまりにも鮮やかなその色で、私の目が眩むくらいに。
夢なのに名前変換が無い。ありえない。
もう、夢じゃないですね。これ。
ヒロインがどんな立場なのかイマイチわからない。
たぶん、不良仲間の美術部員です。
設定としては、小学校に上がる頃に沖縄から東京へ引っ越してきた。今の生活に不満たらたら。そんなかんじ。
もともとは、こういう雰囲気が好きです。(乙女心がわからないから)
<2004.3.9>
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