暖かい春はひっそりと、気づいたらもう梅の花も咲いていた。
ただひとつの心残りは、君だけだった。
春に見る君と。
「おはよう。日吉」
「……」
朝早いというのに、もう息は白くならなかった。
長い冬はいつの間にか終わっていた。
「おはよう。日吉」
「…なんなんだ、アンタ」
「。クラスメイトじゃんか」
「そういうことを訊いてるんじゃない」
日吉は不機嫌丸出しでそう言って、私を睨みつけた。
けれど、その目はいつものように鋭くなくて。
「なんで俺に付き纏うんだ」
「日吉が変だから」
「変?」
「そう。変」
「どこが」
「どこだと思う?」
日吉はやっぱり私を睨んで。
けれど、その目はやっぱり鋭くなくて。
「…勝手にしろ」
日吉はそう言って、部室へ向かった。
学年末試験が終わって、ろくに授業なんてやらなくなって、空気が柔らかくなった3月。
明日は卒業式だ。
フェンスの外からテニスコートを眺めた。
コートには日吉ひとりしかいなくて、日吉は黙々とサーブの練習をしていた。
帰宅部の私が、こんなにも朝早く起きてまで、日吉に纏わり付いているのは日吉が変だから。
『…下克上だ』
三年生が部活を引退して、あちらこちらで、部長になっただの、俺はあいつのほうが良かっただの、どの部活も次期部長の引継ぎの話で盛り上がっていた。
そんなとき、昼休みに廊下ですれ違った日吉がそう言ったのを、私は聞いた。その声はいつものように力強いものではなく、少し声が上擦っていたのを今でも覚えている。
『日吉!よかったじゃないか!!』
教室に戻ると鳳が嬉しそうにそう言ってはしゃいでいた。
日吉は氷帝男子テニス部200人の頂点に立った。
日吉は、はしゃぐ鳳に当然だと言っていたけれど、そのときとても嬉しそうに笑ったんだ。
がっしゃっ
日吉の打ったサーブがフェンスの、丁度、私の首の横辺りにぶつかって音を立てて落ちた。
わざとだ。
日吉はフェンスの向こう側に立った。
「なんなんだ、アンタ」
「日吉、変」
「だったら、どうしたらいいんだ。アンタにわかるのか」
日吉は表情のない冷たい声で言って、睨む。
そんな目で睨まれたって恐くなんてない。
「そんなのは日吉が決めることじゃん。私には日吉がどうしたいのかなんてわからない」
「……」
日吉がどうしたいのかは勿論のこと、私は日吉がなんで変なのかも知らない。
「俺は……」
日吉は小さく呟いて、フェンスから離れると練習を再開した。
私はただ日吉のことが好きで、ただそれだけで。
日吉が何を考え、何を思い、どうしたいのかなんて、そんなこと、何一つわかっちゃいないんだ。
その日、卒業式の練習が終わって、日吉は跡部先輩に試合を申し込んだ。
結果は日吉の惨敗だった。
跡部先輩は半年ほどのブランクなど微塵も感じさせないほど強かった。
次の日、朝が来て、卒業式は毎年のように何も変わらず終わった。
グラウンドに出て、みんなそれぞれ、写真を撮ったり騒いだり、毎年のようにそれは当たり前で。
「」
特に仲のいい先輩がいるわけでもなく、ぶらぶらしていると日吉に呼び止められた。
「跡部先輩はすごかった」
日吉は、女子生徒に囲まれている跡部先輩を見た。
「うん。すごいね。色んな意味で」
「ずっと勝てた気がしなかったんだ。部長になったっていうのに」
「うん」
「部長は、なってからが本番なんだって言われた」
「ははっ、そりゃそうだ」
「結局、試合でも勝てなかったし」
「コテンパンだったね」
「だから」
鋭い目で跡部先輩を睨んで。
日吉が言う。
「下克上だ」
春に見る君とどこまでも高い青空と果てしの無い志と。
相変わらず訳のわからない…。
珍しく会話が多いです。
日吉に「…なんなんだ、アンタ」って言わせたかっただけなのになぁ。
日吉好きなのにの初夢がこれかよっていう。
なんだか、好きなキャラほど上手く書けないみたいです。
<2004.3.18>
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