一点透視法の先。 仮にそれが上り坂でも、君は堪らなく愛しいと言うのでしょう。
一点透視法の先
放課後の誰もいない美術室に響くのは蝉の声と野球部の練習の声。
蛍光灯の灯りは点けず、窓から差し込む太陽の光は目も眩むほど。
無音でないのに、暗闇ではないのに。
光は影を際立たせるから。無音の暗闇のほうが、余程騒がしくて明るい。
熱心な部員など一人もおらず、こうしてカンヴァスに向かっている私でさえ、ただ手に余る時間を塗りつぶしているだけだ。
むしろ、今、この美術室内で一番何かに熱中しているのは、私の斜め後ろに座っている千石かも知れない。
埃が溜まり、零れた絵の具がこびり付いた汚い床に、体育座りをして、口を開けて、ぼんやりカンヴァスを眺めている。
何故だか真剣なその様子は、何だか哀れで滑稽で、千石がいつもよりアホに見えた。
「一点透視法だね」
開きっ放しの口から言葉が出た。
私が振り返ると、少し遅れて嬉しそうに笑う。
「どうした、千石くん?」
「今日、美術の授業で習った。一点透視法と二点透視法」
「ああ」
「一点透視法の絵、好きなの?」
私の描く絵は、いつも一点透視法。
「うん」
「俺も好きだな」
「真っ直ぐ伸びる道を歩くいて、道の先を見ると、目に映る風景は一点透視法なんだよ」
「へぇ」
でも、一点透視法は道の行く末を見ることが出来ない。
その先にあるのが何なのか分からなくて、不安になって、振り向いてもスタート地点は見えない。
「一点透視法って、真ん中で道が消えるよね」
進んでいかなきゃ見えない。上り坂も、下り坂も、お先真っ暗だったとしても。
「だから、その絵を見ると、俺わくわくしてくるんだよね。向こう側には何があるのかなって」
君といると、いつも私は覆させられる。
一点透視法の先。仮にそれが上り坂でも、君は堪らなく愛しいと言うのでしょう。
『カンヴァスを彩る夏』と同じ設定で。
亜久津は他人を傷つけて自分が傷つくのが嫌だから優しいけど、千石は無頓着だから背中を押してくれそう。
<2004.6.15> |