その古いアパートは大学への道の脇にあって、どこか時代に置いてけぼりにされたような空気に俺は惹かれていた。
夏の魔物
ひと昔前ならどこにでもあった、何の変哲も無かっただろう、そのアパートはこの世から切り離されたみたいに人目を惹かない。
人が住んでいるのかも、よく分からない。
だけど、そのアパートが夕日に照らされる様子はノスタルジックで、俺の実家は田舎じゃないのに、何故か懐かしかった。
ふいに見上げた、そのアパートの二階。人影が映り心臓が跳ねた。
暑い夏の夕方だった。
生ぬるい風に揺れる白いシーツ。
その向こう側に覗いた真っ黒な長い髪と、真っ白なシャツ。
あくまでシンプル。それでいて洗練された美しさだった。
彼女はベランダに立ち俺を見下ろして笑った。
何かとんでもないものにでも、取り憑かれたようだった。
金縛りにあったみたいに動けなくて。
だから俺は走り出した。
二人乗りの自転車のベル。
生ぬるい風を切って、ヨロヨロになりながらがむしゃらに。
遠い昔に置き去りにしようとた夏の記憶。
ふたりはいつも、あくまでシンプル。
洗練されてはいなかったけれど、ただ毎日いっしょに笑った。
置き去りにしようと、けれど、できなかった夏の記憶。
君に会いたかった。
夏の魔物に会いたかった。
スピッツの『夏の魔物』で。
いつも生ぬるい夏の夕方を思い出す。
南のつもりだったんだけど、誰かわかんないし、夢でもないのでゴミ箱行きです。
<2004.3.19>
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