白鳥や 亜久津の煙草を盗んだ。無造作に脱ぎ捨ててあった制服のポケットから。 ついでにライターも盗んだ。 煙草は吸うものじゃない。『のむ』ものなんだって本で読んだ。喫煙の『喫』は喫むの『喫』だ。 煙草に火をつけるときは吸いながらつけるんだ。亜久津が言ってた。 大して美味くも無い、血にも肉にもなりゃしない、煙草の煙をはじめて喫んだのは、中学に入って間もない頃だった。 だけど、今の私は優等生。 優等生が授業をサボって屋上で煙草を、しかも盗んだ煙草を喫むなんて。 亜久津もひどいことをするもんだって、思うんだ。 わざと、私の手の届くところに自分の制服を置いて。 まるで誘うみたいに。 私の2年は水の泡だよ。 「あんたの所為だ」 「あの時も、今も、おまえが勝手に吸ったんだろ?」 青い空に滲む煙は、血にも肉にもなりゃしないけど。 私たちは青さを嘲っているわけじゃない。 ただ少し、青くなれない自分が悲しいだけだ。 「白鳥や悲しからずや海の青、空の青にも染まず漂う」 3年生の教室から、若山牧水の歌が聞こえた気がした。 寝そべる亜久津の白い髪が風に揺れた。
ノーコメント。 <2004.5.15>